相続の実務(相続放棄と相続分の放棄)
Q.先日、私の父が亡くなりました。
私の母と私(長女)、そして弟(長男)が相続人になると思うのですが、私は父の相続分は必要ありませんし、母と弟で相続について争いがあり、相続手続に今後かかわりたくありません。
相続手続にかかわらないで済む方法として、「相続放棄」と「相続分の放棄」という方法があると聞きましたが、どのような違いがあるのでしょうか。また、それぞれ母と弟の相続分にどのような違いが出るのでしょうか。
ご質問の「相続放棄」と「相続分の放棄」の違い
遺産をもらわなくてよいと考える場合やむしろ遺産を相続したくないと考えた場合、相続放棄と相続分の放棄という二つの方法を検討することができます。
1 相続放棄とは
- 相続人が相続開始による包括的承継の効果を全面的に拒否する意思表示です。
- 放棄する相続人は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内に、家庭裁判所にその旨の申述をしなければなりません(民法915条1項)。
- 放棄する相続人は、その相続に関しては最初から相続人にならなかったものと扱われます(民法939条)。
2 相続分の放棄とは
- 共同相続人がその相続分を放棄することです。
- 相続分の放棄は、相続が開始してから遺産分割までの間であればいつでも可能であり、方式は問いません。
※実務上は、相続分の放棄が本人の意思であることを明確化するため、本人の署名・実印の押印・印鑑登録証明書が求められています。 - 自己の相続分を放棄するものであり、遺産を取得しません。一方で、他の相続人の相続分が変動し、実務上は、相続分放棄者の相続分の合計を、相続分放棄者以外の相続分の割合で再配分をします。
相続分の放棄をしても、相続人としての地位を失うことはなく、相続債務についての負担義務を免れません。
ご質問の母と弟の相続分への影響
1 相続放棄をした場合
質問者である長女が相続放棄をすると、長女は、「初めから相続人とならなかった」(民939条)ものとみなされるので、法定相続分に従い、被相続人(父)の配偶者である母が1/2、子(長男)である弟が1/2の相続分を得ることとなります。
2 相続分の放棄をした場合
質問者である長女が、相続分の放棄をすると、実務では、長女の法定相続分である1/4は「残された相続人の相続分率」に応じて再配分されます。
すなわち、
- 長女の法定相続分である1/4
- 母(1/2)と弟(1/4)の相続分の比は、1/2:1/4=2:1
- 母と弟の相続分率は、
母=2/(2+1)=2/3
弟=1/(2+1)=1/3 - 1の相続分を③の相続分率で再配分し、元の相続分に加えます。
母=(2/3×1/4)+1/2=2/3(確定)
弟=(1/3×1/4)+1/4=1/3(確定)
ご質問の母と弟の相続分への影響の回答
以上の通りですので、ご質問の場合における母と弟の相続分は、
- 「相続放棄」をした場合、母は1/2、弟は1/2となります。
- 「相続分の放棄」をした場合、母は2/3、弟は1/3となります。
弁護士にご相談を
全ての相続事件において、相続分を確認することも必須の作業になります。前回(相続人の範囲とその確定)による相続人の確定をした後、ご自身の相続分が分からないまま、相続手続を進めてしまうと、知らないうちに大きな不利益を被ってしまう可能性がございます。
今回のように「相続放棄」、「相続分の放棄」という言葉が似ているけれども、法律的な効果が異なるものが法律の世界では多々存在しますので、お悩みの際には、専門的な知識を有する弁護士にご相談ください。
(文責・横浜みなとみらい法律事務所)