相続の実務(相続分の譲渡)

Q.先日、私の母が亡くなりました。
相続人は、私の父、私(長女)、そして弟(長男)となりますが、父と弟で相続について争いがあり、遺産分割協議も進んでおらず、このような争いのある相続手続にかかわりたくありません。
ただ、相続放棄することができる熟慮期間(3か月)も経過してしまいましたし、せっかく受け取れる相続分を放棄するのはもったいないと思っています。
「相続分の譲渡」という方法があるのを聞きましたが、それはどのような方法なのでしょうか。また、「相続放棄」と「相続分の放棄」とはどのような違いがあるのでしょうか。

相続分の譲渡とは

相続分の譲渡とは、法定相続人が、自分の有する相続分の全部または一部を第三者(共同相続人も含む)に譲り渡すことをいいます。
民法第905条には、共同相続人から第三者に譲渡された相続分を、他の共同相続人が、その価額と費用を償還して取り戻すことができる規定が定められており、その前提として、自己の有する相続分を第三者に譲り渡すことが当然できるものと解されています。

相続分の譲渡を行うことにより、①特定の第三者に遺産相続させることができ、②自己の相続分の全部を譲渡した場合には、遺産分割手続における当事者となりえないので、相続争いから離脱できます。さらに、③相続分の譲渡にあたり、譲渡人から対価を受け取る旨の合意ができれば、対価を得たうえで相続争いから離脱することができます。
また、相続分の譲渡を受けることにより、相続人としての地位を獲得して遺産分割協議に参加することができます。

相続分の譲渡の方法ですが、相続が開始してから遺産分割協議が成立するまでの間に、相続分を譲り渡す人と譲り受ける人との間の合意によって行います。譲渡したことを証する書類を作成することは、民法上求められておりませんが、紛争防止のため、書面化するのが望ましいです。

ただし、相続には、資産となるようなプラスの財産(積極財産)のほか、負債といったマイナスの財産(消極財産)も含みますので、相続分の譲渡、譲受にあたり、プラスの財産だけ受取る、マイナスの財産だけ渡す、といったことはできません。相続財産の中にマイナスの財産もあった場合、相続分を受け取った第三者は、債権者に対して債務を弁済する責任が生じます。また、譲受により相続分が増加する結果、相続税が課税されうるほか、共同相続人が他の共同相続人から無償で相続分の譲渡を受けた場合、民法第903条に定める「贈与」に当たるため、特別受益として考慮されます。
譲渡人としても、相続分の譲渡をするにあたり、その程度や対価によって相続税が生じる場合がありますので、事前によく確認しておく必要があります。

「相続分の譲渡」、「相続放棄」と「相続分の放棄」との違い

「相続放棄」と「相続分の放棄」の内容については、前回のコラムをご一読ください。

「相続分の譲渡」、「相続放棄」、「相続分の放棄」を、それぞれの手続・方法・方式や手続できる期間、それぞれの手続を行った場合の効果、とりわけ、相続財産に債務があった場合に着目して整理すると、次のとおりになります。

相続分の譲渡 相続放棄 相続分の放棄
手続・方法・方式
  • 譲渡人と譲受人との合意による。
  • 紛争防止のため、合意を証する書面を作成することが多い。
  • 家庭裁判所へ申述受理申立てをする。
  • 相続分を放棄する旨の意思表示によってする。
  • 方式は問わないが、遺産分割協議書に記載することが多い。
  • 遺産分割調停・審判手続中は、調書に記載するか、家庭裁判所へ書面を提出する。
手続できる期間 相続開始時から遺産分割協議が成立するまで。 自己に対して相続があったことを知ってから3か月以内 相続開始時から遺産分割協議が成立するまで。
効果
  1. 地位
  2. 債務
  1. 譲受人は遺産分割手続に関与することができるようになる。
    全部の相続分を譲渡した譲渡人は、遺産分割手続の当事者としての資格がなくなる。
  2. 相続財産に消極財産がある場合、譲受人は、債務の返済義務を負う。
  1. 最初から相続人にならなかったものと扱われる。
  2. 積極財産も消極財産も受け継がないため、債務の返済義務は負わない。
  1. 相続人としての地位は失わない。
  2. 消極財産は残り続けるため、債務の返済義務は負う。

弁護士にご相談を

今回のコラムによって、「相続放棄」「相続分の放棄」のほか、さらに、「相続分の譲渡」といった紛らわしい言葉が出てきたため、今後の手続を不安に思われた方もいらっしゃるかもしれません。
また、どの手続をしらた良いのか、それぞれの手続での、方法や方式をどのようにしたらよいのか、どのような書面を作成したら良いのか、などもお悩みになるかもしれません。

弊所では、相続案件も多く扱っており、注力している分野ですので、手続を不安に思われている方、どのようにしたらよいかお悩みの方は、是非、弊所にご相談ください。

(文責・横浜みなとみらい法律事務所)